1. はじめに:もうひとつの銀河史
公式映画以外の物語を貪欲に紡いだ「エクスパンデッド・ユニバース(EU)」は、1990年代から2014年まで、スター・ウォーズの正史として膨大な物語を蓄積した。小説、コミック、ゲームが織りなすこの並行宇宙は、ディズニー買収後「レジェンズ」と改名され非正史化されたが、今なお根強い人気を誇る。本稿では、EUの歴史的意義とその文化的矛盾を、現代の視点から再考する。
2. EUの興亡:非公式から「準正史」への道程
【創成期:空白を埋めるファンの情熱】
1977年の映画公開後、小説『スプラット・アイランド』(1978)やマーベルコミックがEUの礎を築いた。しかし真の転機は、ティモシー・ザーンによる『スローン三部作』(1991-93)だ。皇帝生存説や新敵「スローン大提督」という大胆な設定は、ファンの「エピソードVI以降への飢餓感」を満たし、EUを「影の正史」へ押し上げた。
【拡張と混乱:矛盾する銀河】
1990年代後半から2000年代にかけ、『ジェダイ・アカデミー』シリーズやゲーム『オールド・リパブリック』が新たな時代を開拓。しかし、複数の作家・メディアが自由に追加するシステムは「クローン戦争の描写矛盾」や「アナキン・スカイウォーカーの二重化」などの問題を生んだ。ルーカス自身がEUを「パラレルワールド」と断じたことも、その曖昧な立場を象徴する。
分析ポイント
EUの魅力は「制約のない想像力」にあったが、その自由が逆に物語の重層的複雑化を招いた。例えば、小説『ニュー・ジェダイ・オーダー』(2003-05)でのチiss侵攻は、ルーカスの「フォースの神秘性」と衝突し、物議を醸した。EUは「民主的な共同創作」の実験場であり、その混乱は必然的な副作用だった。
3. メディア別傑作選:EUの多様性を支えた柱
【文学:紙上の銀河帝国】
- 『スローン三部作』:冷戦メタファーを散りばめた政治軍事SFの傑作。
- 『ダース・ベイン三部作』:シスの哲学を深掘りし、旧正史シス・ルールの起源を作った。
- 『クローン・ウォーズ・ノヴェライゼーション』:アニメ版の基盤となったが、後に矛盾が表面化。
【ゲーム:インタラクティブな神話】
- 『ナイツ・オブ・ジ・オールド・リパブリック』(2003):古代シス戦争の叙事詩。
- 『フォース・アンリーシュド』(2008):ダース・ベイダーの暗黒ルートが可能という挑戦。
- 『スター・ウォーズ:TOR』(2011):MMORPGとしてのEU拡張。
【コミック:ビジュアルの過激さ】
- 『ダーク・エンパイア』(1991-92):皇帝クローンの復活というプロットが後のEP9に影響。
- 『レガシー』(2006-10):ルークから130年後を描く反英雄的世界。
分析ポイント
EU作品の最高峰は「映画が到達しない暗さ」にあった。ゲームでジェダイを堕落させたり、小説で主要キャラクターを殺すなど、商業主義に縛られない過激性が支持された。しかし、『スター・ウォーズ:インフィニティーズ』(非正史パラレルコミック)のような極端なIFストーリーは、正史概念そのものを曖昧にした。
4. レジェンズ化とその余波:EUの現在地
2014年の非正史宣言後、EUは「レジェンズ」ラベルで再刊行される一方、ディズニー正史に断片的に取り込まれている。サノス将軍(スローン三部作)の再来と言われるスローン大提督(『アソーカ』劇中)や、ダソミアの再登場はその一例だ。しかし、ディズニーは「EUの再利用」に慎重で、『マンダロリアン』のダークセイバーですら、元設定を大幅に簡略化した。
分析ポイント
EUのレジェンズ化は、ディズニーの「正史管理」戦略の必然だったが、同時に「ファンとの約束の破棄」という倫理的問題を提起した。例えば、『スローン三部作』の愛読者からは「歴史の消去」への怒りが噴出。一方、新正史がEUの失敗(例:過剰なクローン皇帝復活)を回避できたかといえば、EP9のパルパティーン問題は皮肉な結果となった。
5. 文化的矛盾:EUが問いかける「正史」の不確かさ
【オルタナティブな正統性】
EUは「映画以外のメディアが主役」という逆転現象を生んだ。ゲーム『KOTOR』のレヴァンや小説のマラ・ジェイド・スカイウォーカー(ルークの妻)は、映画キャラを凌ぐ人気を獲得。これは「スター・ウォーズの本質は映画か物語群か」という根源的問いを投げかける。
【ファンコミュニティの分裂】
EU廃止後、コミュニティは「レジェンズ堅持派」「新正史受容派」「折衷派」に分裂。Redditでは今も「レヴァンは正史か?」といった議論が絶えない。EUの残した教訓は、「スター・ウォーズとは誰のものか?」という権力闘争だ。
6. 結論:レジェンズは死なず──継承される無秩序の遺伝子
EUの最大の遺産は、「スター・ウォーズは拡張と矛盾を内包する有機体だ」と証明したことだろう。新正史が管理された均質性を追求する中、レジェンズ作品の再評価が進む現象(『KOTORリメイク』プロジェクト継続など)は、市場の多様性への欲求を物語る。
「正史か、非正史か?」
その問い自体が、もはや時代錯誤かもしれない。EUが体現した「混沌からの創造」こそ、スター・ウォーズという神話の本質なのだから。ルーカスの「自分のビジョンだけが真実」という姿勢と、EUの「衆人環視の神話」という矛盾──その緊張関係こそが、銀河を回し続ける原動力なのである。